介護費用と不動産売却のお話し
人生100年時代と言われるようになって久しいですが、日本は高齢化が急激に進んでいます。何歳まで生きるのかは個人差がありますが、多くの人にとって定年後も人生は数十年続くという事は間違いないでしょう。
給与収入が無くなってからの生活はそれまでの貯蓄と年金で生活をしていく事になる訳ですが、老人ホームや介護施設に入居の必要が生じた時に、自宅を売却して費用を捻出しようとする方は多いと思います。
ここで問題になるのは、その自宅が簡単には売却出来ない場合です。
考えられる理由をいくつかあげてみましょう。
①立地条件や不動産の状態により買い手がつかない
➁不動産の所有者が複数居て、売却についての話し合いがまとまらない
③家の所有者が認知症になっており売却出来ない
①については、説明するまでもないと思いますのでここでは取り上げませんが、それ以外について考えていきたいと思います。
まず、➁の「所有者が複数いる」という状況ですが、よくあるのは相続が発生して相続人の共有財産となる場合です。例えば、お父様が無くなり、相続人がお母様とお子様だった場合に、全員が家を相続したというようなケースです。妻と子が相続人となった場合、民法上の相続分は妻1/2、子1/2です。家と比較して預貯金が同等かそれ以上であれば、家を単独で相続する事になる可能性がありますが、家しか残らなかったというような場合には、誰かが相続しなくて良いと言わない限り、不動産を共有する事になります。この場合、所有者全員の同意が無ければ、売却は出来ません。何故なら、民法でそう決められているからです。
相続した人の中に売りたくない人が一人でも居たら、その不動産は売れないのです。
次に、③についてです。売却というのは売買契約を結ぶ事になりますから、契約能力が必要です。「契約能力」とは、契約を締結する事によって自分にどのような権利や義務が生じるのかをきちんと理解できる能力の事です。契約能力がない者がした契約は、無効です。という事で、認知症を発症した人には契約能力がありませんので、売却する事は出来ないのです。
ここで問題になるのが次の様なケースです。
持ち家を持っていた夫が亡くなり、家の相続が発生。妻が家を相続し、夫の死後もその家に住んでいたが、数年後重い認知症になり、子供たちが施設に入る手続きをしようとした。しかし、介護費用を捻出できるほどの年金も預貯金も無かったため、自宅を売却して資金を作ろうとした。ところが、実家の所有者は母であり、契約能力がないという事で売却する事が出来ないと言われた。
ここで皆さんが良くされる質問は「親の持ち家を子供は売れないのですか?」というものです。答えは「売れません」となります。
不動産は、所有者でなければ売れません。そして、一つの物件に複数の所有者がいる場合は全員が同意しなければ売れません。
それでは、認知症を発症した方が所有する(もしくは所有者の中の一人である)家をどうすれば売れるのか。
それにはまず、成年後見制度を利用して成年後見人をつける事が必要になります。
先の例でいうと、認知症のお母様の為にお子様が家庭裁判所に「成年後見人」選出の申し立てを行います。成年後見人を選ぶのは親族ではなく、家庭裁判所です。そして、多くの場合、弁護士や司法書士が成年後見人に選ばれています。親族が成年後見人になる事を希望しても、必ず選ばれる訳ではありません。成年後見人の内訳をみると、親族以外が約8割、親族が約2割となっています。つまり、面識のない第三者が選ばれる事が多い訳です。
成年後見人が決まるとそれ以降、お母様の財産は生涯その成年後見人が管理する事になります。当然、成年後見人の報酬も毎月発生(月額2万~6万程度)します。
成年後見人は一度選ばれると簡単には違う人にかえてもらう事は出来ません。
さて、家の売却についてですが、今度は成年後見人が家庭裁判所に居住用不動産処分の申し立てをして、許可を得る必要があります。裁判所の許可を得て、漸く家の売却の手続きに入る事が出来る訳です。
というように、大変な手続きと費用がかかるわけです。
これ以外に方法はないのだろうかと思いますよね。残念ながら認知症を発症してしまってから出来る事はありませんが、事前に出来る事はあります。
それは、任意後見契約の締結です。
任意後見契約とは、ご本人が認知症等を発症する前に(お元気なうちに)将来自分が認知症等になった場合にこの人に財産管理等をお願いしたいという人を選んで契約をしておくものです。この契約に自宅の売却の代理権を付ける事が出来ます。任意後見人の場合、不動産売却に裁判所の許可は不要です。
任意後見契約を締結するメリットは次の通りです。
- 本人が選んだ人を任意後見人にする事が出来る(親族、信頼のおける第三者等)
- 自分の事を良く理解してくれている人にお願いする事が出来る(事前に自分の様々な希望を伝えておくことができる)
- 契約する相手が了承すれば、無報酬とする事が出来る(親族の場合等)
- 自宅売却を頼む事が出来る
- 認知症等を発症するまで契約は実行されないので、もしもの時の保険としての安心感がある
注意すべき点は次の通りです
- 任意後見は、認知症の発症が認められる場合に任意後見人等が家庭裁判所に申し立てをし、任意後見監督人(弁護士、司法書士等)を家庭裁判所が選任する事により開始する
- 任意後見監督人には報酬が発生する(月額1万~2万程度)
- 任意後見人は定期的に任意後見監督人に書面で財産管理状況等の報告をしなくてはならない
という訳で、子が親の家を売る事が出来る方法としては任意後見契約を事前に締結しておくことになりますが、任意後見監督人の報酬は発生する事は覚えておいてください。
とにかく「所有権」というのは重要かつ非常に強い権利ですので、たとえ親の所有物であっても子が簡単に売る事は出来ないようになっています。
親が認知症になってからでは出来ない事が色々とありますが、実際に困るまでどういう事になるのかを知らない人は多いと思います。
「転ばぬ先の杖」という言葉がありますが、事前に備える事は大切です。
行政書士は困り事が起こる前に事前に備える「予防法務」を担っています。任意後見契約や遺言書作成を考えられる方は、ぜひご相談頂ければと思います。