認知症と相続

日本の認知症患者数は、2020年の時点で約602万人、65歳以上の人口の約6人に1人が認知症だそうです。2025年には更に増加し、5人に1人になるという予想も出ています。
皆さんも、周囲の方から家族が認知症だという話しを聞かれた事はあるかと思いますし、ご自身のご家族に認知症の方がいらっしゃる方も多いと思います。
今回はご家族が認知症になった場合、相続発生時にどのような事が起こりうるのか考えてみたいと思います。

認知症の方がお亡くなりになり、法定相続人に認知症の方がいらっしゃらない場合は、遺言書が無ければ遺産分割協議を行った上で、「遺産分割協議書」を作成して相続手続に入る事になります。遺言書があれば、遺言書の内容の通りに相続手続に入るのが一般的です。(相続人全員の同意があれば、遺言書の内容を変更する事が可能です)

相続手続において問題となるのは、残された方が認知症という場合です。
例えば、夫が亡くなり認知症の妻が残されたというケースです。具体的に例をあげてみましょう。

【夫が亡くなり、認知症の妻と子が相続人の場合】
・夫の遺言書は無い
・妻は重度の認知症を発症している
・子は2人
・夫名義の持ち家あり

この場合、法定相続分は妻1/2、子は各1/4です。法定相続分通りに相続する場合は「遺産分割協議」は不要です。父親が残した遺産が多ければ基本的に問題は起こりにくいと言えます。問題となるのは、残された貯金が少なく、ほぼ家しか残っていなかったような場合です。

子供達にとっては母親である残された妻を、例えば介護施設でみて貰う場合等に問題が起こってきます。介護費用が貯蓄と年金では賄いきれない場合、父親が残した家を売却しようとなると思います。しかし家の所有者の一人が母親の場合、認知症により母親には契約能力が無い状況ですので売買契約が出来ません。不動産は所有者全員の同意がないと売却出来ない、つまり子だけでは親の家を売却する事が出来ないのです。

この場合、選択肢は二つです。子が母親の介護費用を補填し続けるか、成年後見制度を利用して家を売却するかです。
成年後見制度を利用した場合は、それ以降、母親の財産は母親が亡くなるまで一生後見人の管理下に置かれます。後見人は家庭裁判所が選任した人が就任し、報酬も発生します。家族が選任される事はまれで、ほとんどが弁護士や司法書士といった第三者です。
この「一生」が問題となり、現在修正案が検討されていますが、令和6年の現時点ではまだ改正はされていません。

では、どうすればこの事態を回避出来るのでしょうか。夫が亡くなる前であれば方法はあります。
ご夫婦のうち一人が認知症になった場合、将来の事を考えて認知症でない方が遺言書を作成するのです。

上記のケースの場合、お子さんの一人を「遺言執行者」に指定し、家を売却した上でその売却益を相続人でどう分けるのかを指示した遺言書を書く、というのが一つの方法です。
遺言書で「換価分割」(不動産を売却して現金化した上で分割)を指定し、換価分割代金を相続人に遺贈する事を「清算型遺贈」と呼びます。いくらで売れるのかは不明ですので、具体的な金額ではなく、売却益の分配割合を指定しておきます。
妻と子には遺留分がありますが、当事者が問題としなければ遺留分は問題になりませんので、「売却益の全てを妻に渡す」という内容でも「売却益の全てを子●●に渡す」でも「売却益を各1/2ずつ二人の子に渡す」でも、当事者が異論を唱えなければ問題はありません。遺言書には「付言」をつける事が出来ますので、付言に妻の介護を頼む旨を書いておくのも一つの方法です。そして遺言執行者の指定を必ず行います。何故なら、遺言執行者は単独で相続手続きを行えますので相続人の中に認知症の方が居たとしても、後見制度を利用せずに相続手続を行う事が出来るからです。遺言書を作成する事により、家の売却益を妻の介護費用に充てて貰う事と、その手続きを頼む事が出来るのです。

具体例として取り上げたのは遺産に不動産が含まれる場合でしたが、不動産が無くても相続手続は同じです。遺言書が無ければ、法定相続通りに分配するか遺産分割協議書を作成するかの2択となります。

という事で、家族に認知症を発症した人が居たら、遺言書を作成する。遺言書は遺言能力があるうちにしか作成できませんので、先延ばしにせず出来るだけ早く作成する。
また、高齢になると突然配偶者が脳梗塞等で倒れる可能性も高くなってきます。もしもの備えとして、ご夫婦ともお元気なうちに遺言書を作成しておく事をおすすめします。

私は仕事柄、遺言書があればこんなに大変な事にはならなかったのにというケースと、遺言書に助けられたというケースの両方を色々と見て来ています。まだまだ日本では遺言書を作成される方は多いとは言えませんが、少子高齢化の現在の日本では必要なものです。また、令和6年4月1日からは相続登記の義務化も始まります。将来的なリスク回避の為に、遺言書の作成をぜひお考えください。

遺言書を用意するのに「まだ早い」はないと思います。いつでもご相談ください。

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